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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9218号 判決

第六九八三号事件原告・第九二一八号事件被告 加藤信子

第六九八三号事件被告・第九二一八号事件原告 中島門吉

第九二一八号事件被告 山本天

主文

一、第六、九八三号事件について

原告の請求を棄却する。

二、第九、二一八号事件について

被告山本天は、原告に対し、別紙〈省略〉第一および第二物件目録記載の土地、建物を明渡せ。

原告の被告加藤信子に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第六、九八三号事件原告(第九、二一八号事件被告)加藤信子と同被告(同原告)中島門吉との間では各自の負担とし、同中島門吉と第九、二一八号事件被告山本天との間では第六、九八三号事件被告(第九、二一八号事件原告)中島門吉について生じた費用を二分し、その一を第九、二一八号事件被告山本天、その余を各自の各負担とする。

事実

I、昭和三五年(ワ)第六、九八三号事件

第一、当事者の申立

第六、九八三号事件原告(第九、二一八号事件被告)加藤信子(以下単に原告という。)訴訟代理人は「第六、九八三号事件被告(第九、二一八号事件原告)中島門吉(以下単に被告という。)は原告に対し、別紙第一物件目録記載の土地、建物(以下第一物件という。)について、昭和三四年六月二九日の交換に基づく所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告は昭和二八年女子大学を卒業して被告の秘書となり、後に住込みの家庭教師を兼ねることになつたが、同年七月七日被告から強かんされた。そこで、被告はひたすら陳謝した上、原告に対し右同日、謝罪と原告の将来の生活の保証の資とする趣旨で、その損害賠償債務の弁済に代えて次の土地、建物を譲渡した。

東京都港区赤坂丹後町一番ノ四八

一、宅地 一六〇坪八合二勺

同所同番ノ一九

一、宅地 六〇坪

同所同番地

家屋番号 同町一番ノ二

一、木造瓦葺平屋建住宅一棟

建坪 一八坪

二、原告はやむなく、その後右土地、建物に居住して被告の事実上の妻としての生活を送ることになつたが、被告の勧めに従つてここで料理店を経営して将来の生活設計をたてることにしたので、被告は昭和三一年一〇月二五日、次の土地、建物を原告のために買増して原告に贈与した。

東京都港区赤坂丹後町一番ノ五五

一、宅地 三二坪四合

同所同番地

家屋番号 同町一番ノ三

一、木造亜鉛葺平家住宅一棟

建坪 一〇坪七合五勺

三、被告はその後、赤坂霊南坂町所在の本宅を売却して赤坂丹後町の前記土地にアパートを建設し、本宅をここに移転したいので、代わりの物件を提供するから、これと第一、二項記載の原告が代物弁済あるいは贈与によつて取得した土地建物(以下丹後町物件という。)とを交換してもらいたい旨原告に申入れるようになつた。

そして、交換の対象となる物件について都内各所を物色したが、適当な所がなかなか見当たらなかつたので、やむをえず、昭和三四年四月二六日、原告と被告間において、原告の希望に添う土地、家屋を被告が昭和三五年五月三一日までに提供した時は、これと丹後町物件とを交換する旨の予約を締結した上で(その際被告が作成して原告に交付した覚書が甲第一六号証である。)、原告はとりあえず第一物件に移転しここに居住することにした。

次いで、昭和三四年六月二九日、被告が交換の対象として第一物件を提供したので、原告はこれを承諾し、第一物件の所有権を取得した。

四、よつて、原告は被告に対し、右交換に基づいて第一物件の所有権移転登記手続をすることを請求する。

(答弁)

一、請求の原因第一、二項は否認する。すなわち、原告はみずから住込み女中兼家庭教師となり、被告の財産に魅力を感じ、被告に働きかけてこれを誘惑してついにそのめかけとなつたものであり、強かんした事実など全くなく、また、丹後町物件はもともと被告の長男巌夫婦のために買求めたものであり、これを原告に譲渡するはずがない。

二、同第三項は否認する。

被告が原告を第一物件に移転させたのは、本邸を売却した場合、同居している長男巌夫婦やその子供を丹後町に移転させる必要があつたからである。しかし、原告は当初容易に他に転居することを応諾せず、どうしても他に転居せよというならば一札書いてくれと被告に強要し、被告は、他に転居させる必要があり、また、めかけ関係を継続してゆくためには原告の要求に応じなければならなかつたので、甲第一六号証を作成交付したのである。甲第一六号証の趣旨は、今直ちに適当な物件が見当たらないから、昭和三五年五月三一日までにしよう宅とするにふさわしいような物件を入手して提供するというのであり、このようにして、被告は、適当な土地と建物が見付かるまで、一時的に原告を第一物件に転居させたのである。その後、これに基づいて被告が第一物付を提供した事実はない。

ところで、前記のとおり被告は丹後町物件を譲渡したことはないのであるから交換ということはありえないのであつて、甲第一六号証の契約は、原告が被告との間のめかけ関係を継続してゆくことを前提としての贈与契約であるものというべく、この贈与契約は、原告と被告間におけるめかけ契約に付隨し、これと不可分の関係にあることが明白であるから、公序良俗に反し無効である。

II、昭和三五年(ワ)第九、二一八号事件

第一、当事者の申立

被告訴訟代理人は「原告および第九、二一八号事件被告山本天(以下単に被告山本という。)は被告に対し、第一物件および別紙第二物件目録記載の建物(以下第二物件という。)を明渡せ。訴訟費用は原告および被告山本の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を、原告および被告山本訴訟代理人は「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、被告は第一、第二物件を所有しているが、原告および被告山本はこれを占有している。

二、よつて、被告は原告および被告山本に対し、その明渡を請求する。

(原告および被告山本の答弁および抗弁)

一、請求の原因第一項のうち、占有の事実は認めるが、所有の事実は否認する。第六、九八三号事件の請求の原因において述べたとおり、第一物件は交換により原告が被告からその所有権を取得したものであり、第二物件もまた同じである。

二、仮に、右主張が認められず、第一、第二物件が被告の所有に属するものとすれば、原告および被告山本は次のとおりその占有権原を有する。

1、原告は第六、九八三号事件の請求の原因第三項で述べたような事情で、赤坂丹後町から第一、第二物件へ移転することになつたが、その際昭和三四年四月二六日、原、被告間において第一、第二物件について、被告が原告の希望に添う土地、家屋を提供することを解除条件とする使用貸借契約を締結した。

なお、被告主張(後述)の書面の到達は認める。

2、被告山本は原告の実弟であり、昭和三三年八月初めごろ、被告から依頼されて報酬一カ月一五、〇〇〇円で第一、第二物件の管理人となつたのであるが、右報酬だけでは生活がたたないので、その生活を保障するため補いとして、第一物件のうち(四)ないし(一〇)の土地を農地として耕作するために賃借した。

そうでないとしても、被告と被告山本との間の右雇用契約には、同雇用契約の存続する限り右土地の使用を継続させるとの特約があり、雇用契約には、三年間働けば将来給油所設備の設置等相当な事業を与えて安定させるとの条件が付されていた。従つて、被告主張(後述)の書面の到達は認めるが、突然解約申入をしてもその効力は発生しない。

第一物件のうちその余の土地、建物および第二物件は、被告の承諾を得て、原告の権原に基づいて占有しているものである。

(原告および被告山本の抗弁に対する被告の答弁)

原告および被告山本の答弁および抗弁第二項については次のとおり答弁する。

1、第1号は否認する。

原告は、被告よりそのめかけとして第一、第二物件に同居することを認められたに過ぎないのであるから、その居住は被告の占有の範囲内において行なわれ、独立の占有をなすものではないから、両者間に使用貸借契約は存在しない。そして、被告は原告に対し、昭和三五年一〇月一一日到達の書面で、同月末日限り第一、第二物件より退去するよう要求したから、以後は不法に占有するものである。

また、原告主張の土地、家屋の贈与契約は、めかけ契約に付随し、これと不可分の関係にあるから公序良俗に反し無効であり、従つて、その履行のあるまで原告は第一、第二物件を占有使用する権原があるとすることはできない。

2、第2号は否認する。

被告山本は土地の一部を家庭菜園として使用してきたに過ぎず、これについての賃貸借契約など存しないが、仮に、農地に対する賃借権の設定だとすれば農業委員会の許可を受けなければならないが、その許可も受けていない。

また、被告は被告山本に対し、昭和三五年一〇月一一日到達の書面で、被告山本の第一、第二物件の留守番としての雇用契約の解約申入をするとともに、同月末日限り第一、第二物件より退去するよう要求した。

III、証拠関係〈省略〉

理由

I、昭和三五年(ワ)第六、九八三号事件

一、原告が被告から丹後町物件の譲渡を受けたものと仮定して原告の、丹後町物件と第一物件との交換の主張についてまず判断する。原告は、丹後町物件の交換物件を第一物件とする旨の合意が原、被告間に成立したと主張するけれども、この点に関する証人加藤およねの証言(第一、二回)および原告本人尋問の結果はにわかに信用し難く、他に原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

してみれば、仮に、原告主張の交換の予約が成立していたとしても、これに基づく本契約の成立は認めることができないものというべきである。

二、よつて、原告の被告に対する請求は、原告のその余の主張について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべきである。

II、昭和三五年(ワ)第九、二一八号事件

一、原告が交換によつて第一、第二物件の所有権を被告から取得したとの主張が認められないことは前記のとおりであるから(第二物件についても第一物件と同一の理由である。)、第一、第二物件の所有権は依然として被告に属するものというべく、また、原告および被告山本がこれを占有していることは当事者間に争いがない。

二、そこで、原告および被告山本の抗弁について判断する。

1、原告の抗弁については、成立に争いのない甲第一六号証、被告法定代理人中島つねの本人尋問の結果(第二回)によりペン書きの部分の成立を認めることができ、その余の部分の成立に争いのない乙第二一号証の二、証人加藤およねの証言(第一、二回)、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告は昭和二八年から被告のいわゆるめかけであつて、第一、第二物件には昭和三四年四月二八日それまで住んでいた丹後町物件から移転して居住しているが、これはいわゆるしよう宅であつて、被告が昭和三四年四月二六日原告に対し、昭和三五年五月末日までに原告の希望に添うような土地、家屋を提供するから、それまで一時居住してもらいたい旨要請した結果、原告はこれを承諾し、移転したものと認められ、証人加藤およねの証言(第一、二回)および原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

してみれば、その使用関係は使用貸借契約に基づくものとみるべきであるが右契約はめかけ関係の維持を目的とするものであるから、公序良俗に反して無効のものといわなければならない。

2、しかし、被告が、第一、第二物件をしよう宅として、原告をここに居住させたことは、民法第七〇八条にいう不法原因給付に該当し、被告は原告に対しその返還、すなわち、明渡を請求することはできないものといわなければならない。

なお、賃貸借あるいは使用貸借等、物の占有を前提とする債権関係に基づいて物の占有を移転した場合の「給付」の内容は、使用収益をさせることすなわち継続的な使用の受忍であり、給付がその性質上物の引渡を伴なう場合にも、それがただ主たる給付の前提条件であるに過ぎない場合(たとえば、使用貸借における占有の移転)には、占有移転の客体そのものは第七〇八条の「給付したもの」に該当しないのであつて、賃貸借の場合を例にとれば、賃借人の受ける利得は占有利用利益だけで所有利益ではないから、占有利益だけが給付であり、その利益に相当する賃料を不当利得として請求することは拒絶されるが物の返還は拒絶されないと解する見解があるが、形式論理に過ぎ、実質的に妥当な結論を導くものとは思われない。(右のような見解をとる者は地上権を設定した場合には、給付があり、その返還は不可能であつて所有権はその範囲で制限を受けるとするようである。)

すなわち、このような場合においては、法律上どれだけの利益が与えられるかとは無関係に、占有し使用収益しうる事実状態が給付行為であると解すべきであつて、給付の原因が賃貸借あるいは使用貸借等であろうと、それに基づいて事実上利益状態が与えられたとき、もとの状態への回復請求には第七〇八条が適用されるものというべきである。

また、被告の請求は、所有権に基づくものであるが、第七〇八条は不当利得に関する規定であつて、所有権に基づく返還請求権には適用がないとする考え方は、何ら合理的根拠のないものである。

民法第七〇八条は、社会的妥当性を欠く不法な行為をしながら、一たん自分に都合が悪くなると、その行為の結果の復旧を望む者には、その心情の非難性に対する制裁として、助力を拒もうとする私法の理想の要請を達成しようとする規定であつて、不当利得を理由としては返還請求を認めないが、所有権その他の理由によればこれを許すのでは、到底その目的を貫徹することができないのであるから、これを不当利得を理由とする返還の請求にのみ限ることなく、復旧の形式いかんを問わず、所有権やその他の理由による回復の請求の場合にも、広く適用するのが妥当である。返還請求が所有権を根拠としているというだけで形式的概念的に第七〇八条の適用が問題となりえないとしてしまうのは不当である。

そして、前記使用貸借契約に基づく被告の原告に対する第一、第二物件の占有の移転が不法の原因によるものであることは明らかであるから、これは民法第七〇八条の不法原因給付に該当し、被告はその返還請求ができないものと解するのが相当である。

3、被告山本の抗弁については、まず、第一物件のうちの一部の土地を賃借したとの主張は、証人山本ヒロ子(第一、二回)、加藤およね(第一回)の各証言もこれを認めさせるに十分でなく、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、右各証言に証人末永大次郎の証言および被告法定代理人中島つねの本人尋問の結果(第一、二回)をあわせ考えれば、被告山本は、第一、第二物件の留守番ないし管理人として雇い入れられたものであつて、そのかたわら畑を耕作してこれによる収入を生活費の一部に充てることを被告から許容されていたに過ぎないものというべく、雇用契約とは別個に一部の土地について賃貸借契約を締結したとは認められない。

次に、雇用契約には条件が付せられていた旨の主張については、証人山本ヒロ子の証言(第一、二回)も、給油所の設備等を提供して事業を実施させることを雇用契約の期限あるいは解除条件としたものと認めさせるには十分でなく、他に被告山本の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

そして、被告が被告山本に対し、昭和三五年一〇月一一日到達の書面で右雇用契約の解約申入をし、昭和三五年一〇月末日限り第一、第二物件から退去することを要求したことは当事者間に争いがなく、また、証人山本ヒロ子の証言(第一、二回)によれば、雇用契約の期間は定められておらず、その報酬は一カ月一五、〇〇〇円とされていたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、右雇用契約は昭和三五年一一月以後は存続せず(民法第六二七条第一、二項参照)、被告山本は以後第一、第二物件に対する占有権原を失つたものというべきである。

その余の部分についての被告山本の占有権原については同被告の占有が原告の占有権原に基づくものであることを認めるに足る証拠はなく、前記認定のとおり被告山本の占有は、第一、第二物件の留守番ないし管理人としての被告との間の雇用契約に基づくものとみるべきであつて、昭和三四年第一、第二物件に原告が移住してきたからといつてその占有権原の性質が変化するものとも思われず、依然として、被告山本独自の、独立の占有を続けていたものというべく、以後原告の占有補助者になつたものとみることはできないのであるから、被告山本は占有権原として原告の権原を援用することはできない。

三、右のとおり被告の原告に対する請求は失当として棄却すべく、また、被告山本の抗弁は失当であつて、被告の被告山本に対する請求は理由があるからこれを認容し、なお、仮執行の宣言の申立は相当でないからこれを却下することとする。

III、結論

以上のとおり、原告の請求および被告の原告に対する請求はこれを棄却し、被告の被告山本に対する請求はこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田嶋重徳 田中良二 矢崎秀一)

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